ADHDだとコミュニケーション能力が低いわけじゃない

おれはもうおなかすいた。

 

今日は夕飯が遅かったのにもうおなかすいた。最近、ほか弁のビフテキ重にハマっている。期間限定なので、早めにお試しあれ!!!

 

ビフテキといったら、ステーキ!ステーキは「銀座のステーキ」が個人的におすすめ。ここはおなかすかせて行かないともったないよ!また行きたいなぁ。

 

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さて、今日はちょっと思うところがあったので、ADHDとコミュニケーション能力の関係をみていきたいと思う。

 

【目次】

 

 

コミュニケーション能力が低いADHD

ADHDは一般的にコミュニケーション能力が低いと思われている。共感性が低くて周囲と馴染めないとか、コミュニケーションそのものが苦手とか。

 

発達障害のくくりでもアスペルガーなどの要素を持っている場合もあるから、総じてコミュニケーション能力が低いと考えられているのかもしれないね。実際、ぼくもそうだった。でも今はコミュニケーション能力が低いとまでは思わない。

 

特異なコミュニケーション能力というか人とは違うコミュニケーション能力を持っているように思うんだよね。ぼくは元々は周囲と馴染めずに一人でいる方が好きな子だった。

 

やっぱり大勢というのが特に苦手で、どうコミュニケーションをとってイイのかわからずに大勢いる場ではできる限り目立たず喋らずという方向性にもっていけるようにトライしていた。

 

できる限り、人と接しないでも済むようにしていたというのかな。とにかく学生時代も社会人も基本的には人との関わりをなるべく避けて通ってきた。

 

でもなぜかどんな時代もどの場所でもぼくにはハマる人がいた。これだけ避けているのに、なぜかぼくに興味を持ってくれたり、気にかけてくれたり……もちろんいいことだけではなくて、それがぼくにとっては試練になることもあった。

 

たとえば最初の社会人のときはなぜか異様に人事部長がぼくにハマってくれた。全体研修のときもなにかとぼくに話題を振ってくれたり、韻を踏むように考えた独特なプレゼンを高評価してくれたり……お陰で全社員の前でよく発表を促されることもあって、いいのか悪いのかコミュニケーション能力を磨く試練を与えてもらえた。

 

その甲斐あって……といいたいところなんだけど、最近記事にしたように飲み会ではグダグダだし、目上の人とコミュニケーションを図るのとか本当に苦手。男の人とのコミュニケーションも苦手。

 

ADHDはコミュニケーション能力が低いというのは決めつけだけど、やっぱりコミュニケーションを図る場ってのは苦手だなーと思う。ぼくにハマる人とのコミュニケーションである程度の練習はできているんだろうけど、やっぱり一般的なコミュニケーションが難しく感じるときは多々ある。

 

 

コミュニケーション能力が高いADHD

一方で、ぼくは誰も知らない飲み会とかに飛び込むことが平気だったりする。自分以外はだいたい知り合いとかの場でも、とりあえず飛び込んでみるのは全然平気。

 

もう何言ってるのかよくわかんないよねw

 

でもこれは飛び込むのが平気なだけで、その後に上手なコミュニケーションをとれるかというのは別問題。この前の食事会でも言われたように、よくも悪くも堂々としてるんでしょうな。俺一人で気まずいから一緒に行こうぜ!とかいうのがむしろ嫌いで、気まずかろうが俺は一人で行く派。

 

だから上手にコミュニケーション能力を高められれば、ものすごい能力を開花できるんではなかろうかと期待している。

 

で、ADHDなど発達障害のある人は海外では「挑戦を与えられた人」という意味で「Gifted」と呼ばれたりする。ぼくはこの呼び名がすごい好き。それはコミュニケーション能力にもいえて、ぼくの場合は周囲にはできないコミュニケーションの取り方ができているような気がする。

 

ADHDと特異なコミュニケーション能力

ぼくは今、主に施設のスタッフさんと老人とコミュニケーションを図る仕事をしている。他にもスタッフは何人かいるんだけど、他のスタッフでは聞けない話をぼくは聞けたり、してもらえたりする。

 

施設の入居者で友達になったKさんというおじさんが今日亡くなった。この人は女の人とはよく話すけど、男の人には心を開かない人だった。でもぼくが施設に行くと、出迎えに来てくれたり、顔が見える場所にいると手を振ってくれたり、帰りも姿が見えなくなるまで見送ってくれたりしていた。

 

ぼくは最初、Kさんはみんなにそうしているんだろうと思ってたけど、そうじゃなかった。施設の看護師さんにKさんと仲良く話すぼくの姿を見られたとき、看護師さんは男と話すKさん、ましてや週に1回程度しか来ないぼくと仲良くするKさんに驚いていた。

 

いつからKさんと仲良くなったのかは覚えてないが、Kさんは言葉をあまり発せられないのに、なぜか仲良くなれた。重度の知的障害もあったから、話しかけた内容も恐らくあまり理解できていない。でも、ぼくがどこから来てるかとか、髪型とか片言だけど、よく話してくれた。

 

こう振り返るとコミュニケーションって言葉だけじゃないのかもしれない。全身や仕草、雰囲気から出るものなど、多くのことが合わさってコミュニケーションとなるのかも。

 

Kさんも人事部長もなぜぼくに関心を寄せてくれたのかはわからない。特別なことはしてないし、ゴマをすったわけでもない。でもKさんは前担当者のときは話しかけなかったそうだし、人事部長も他の同期にない魅力を感じると言ってくれた。

 

なんだか自慢話みたいになってしまったけど、自慢したいわけじゃなくて、ADHDはGiftedという名にふさわしい経験をできたから、ぼくは ADHDってマイナスだけじゃないと思う。

 

きっとミスが多かったり、周囲となじめなかったりする代わりに、もっと多くの魅力をADHDの人は持っているのだと思う。試練を与えられた人は試練を乗り越えていくしかないし、その試練の先には喜びがある。

 

みなと同じになるのは簡単だけど、ぼくはみなと同じでいたくない。だから、ADHDというのはみなと同じにならないための個性なのだと思う。

 

ぼくがそうであるようにADHDだからってコミュニケーション能力が低いわけじゃない。苦手はあっても、他の人よりも特段と高いコミュニケーション能力を発揮できることもある。

 

だからADHDだからコミュニケーション能力が低いんだって悩んでる人は、自分の魅力を再確認して欲しいな。ADHDという個性があるんだから、みなと違う個性があるんだから、自分なりの魅力があるはず。Kさんはぼくにそのことを教えてくれた気がする。

 

毎週その施設は行かなきゃいけなくて、Kさんが座ってた席も毎回通るしここまで仲良くなれた入居者さんは他にあまりいない。だから行くたびに思い出すだろうなぁ。もう帰るときも見送ってもらえないんだなぁと思うと、すごく寂しい。

 

自分の魅力って言葉にするのは難しいけど、Giftedという名の通りどんなADHDにも必ず魅力がある。ADHDだからコミュニケーション能力が低いんだって諦めてた人は、あぁそんなことないんか!って明るく前を向くことからはじめてみてはどうでしょうか?

 

  

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