苦手なことと「あと一歩前へ」

僕は須藤元気が好きだ。

別に変な意味はない......

昔、就活始める=大人になる=本の1冊、2冊読まなきゃ!

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なんて、単純な方程式で始めた読書。

読書を始めてから、ハウトゥー本やらビジネス書、自己啓発本を読むようになった。

そんな中で出会った須藤元気の本が僕は好きだった。

その本を読むと心がフッと軽くなるような気がしたのだ。

須藤元気は数年前に格闘技を引退した。悩んでいるとき、「一歩前へ」というトイレの標識が目に止まり心に決めたのだという。

これが作り話かどうかは別として、僕にはこの話がとても印象的だ。

トイレと決心という一見、なんの関係もないことだが、重なり合う交わりあう接点がある瞬間に訪れる......

僕はいろんなことを同時によく考える。今はこっちをしなければいけないのに、急にこっちがとなったり、いやこれなんだっけ?となったり......あっちに行ったりこっちに行ったりする。

この特性は今しなければならないことに集中できないという面からはよろしくないことだ。

しかし、0から1を生み出す、クリエイティブな仕事のときにはプラスになることもある。

あっちに行ったり、こっちに行ったりしていることが、あるとき接点を持つのだ。

そして、新しいアイデアが生まれる。

「一歩前へ......」という言葉を思い出したのは、今日ずっと連絡できてなかった人にやっとの思いで連絡できたことからだ......

僕にとっては人に連絡するという行為がハードルが高く感じる。

ただちょっとメッセージを送ればいい!そのメッセージを送るという行為が非常にハードルが高い。

来たメッセージを返す分にはなんの問題もない。3秒でチュン!と返すことができる!

しかし、それが逆になるとてんでダメで必要なことであってもいつも先延ばしにしてしまう。

この特性は治したくて、意識をしているのだがなかなかうまくいかない。

根底に人が好きだが、人が嫌いという複雑な想いがあるからなのかもしれない。

でも僕は今日、「一歩前へ」進んだことで、嬉しい言葉をもらえ勇気づけられたし、新しい自分を発見することもできた。

結果、一歩前へ進んで大正解だった。

立ち止まっていても何もならない。でも進んでみれば、ダメなら改善がよければ喜びとさらなる改善が生まれる。

そんなことを経験できた。

「一歩前へ」

という言葉は非常に奥が深いと僕は思っている。

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