あの日 俺は小学校低学年を振り返る

暑がりのみなさんこんばんは!だんだん秋めいて参り、外はすっかり涼しくなりました。みんな寒い?僕はこれくらいが半袖の適温です……

さて、小学校生活を振り返る旅に出かけようと思うわけですが、まずは小学校の登竜門!低学年シリーズから始めたいと思います!

 


■小学校低学年を振り返る

僕は恥ずかしがり屋で人前で話したり、何かをしたりといったことが好きではない。

今ではダンスが好きなのだが、それでも人前で……というのは好きではない。だがスイッチが入ると自分でも不思議なくらい無敵になってしまう。これは内容とズレるのでまた別の機会に書くとしよう。

 


僕の小1~小4の学校での記憶はあまりない。ADHDの特性に関することを……と思い振り返ってみると、よく言われている典型的な多動はなかった。

教室の中をウロウロしたり……というのは典型例すぎるのだそうだが。
そうでなくて、手イタズラレベルも多動に入るのだそうだ。

その視点で考えてみると僕は手イタズラをよくした。
特に消しゴムを使ったり、鉛筆を使ったり、して何か無意味なものを生み出すというイタズラが大好きだった。

消しゴムに鉛筆をぶっ刺したり、消しゴムに鉛筆の芯だけぶっ刺したりだ。
他にもあるが、高学年で始めた記憶があるので、それはまた次回にしようと思う。

低学年のときのADHDの兆候は、あまり思い出せないが学習において遅れがあった。公文式に送り込まれたお陰で計算スキルは人一倍素晴らしく発達していたのだが、できるのは計算問題だけ。理解するという力が人一倍弱かったように思う。

つまずきを覚えたのは2年生の頃である。
かけ算はチョロいぜ!と鼻高々だったのだが、その後出てきたリットルとデシリットルでつまずいた。それ以前に時計でつまずいた気もする。

教育熱心かつややヒステリーな母のもと、リットルとデシリットルのお勉強をしたが全くできず怒鳴られまくり、本で叩かれたことを記憶している。

子供の頃の記憶がこれだけインパクト強く残っているということは本当にいやだったのだろう。家庭環境とADHDは密接な関係があるとの話をドクターから聞いたので家族を振り返る話もまた振り返ってみたい。

リットルとデシリットルの区別がつかず、怒鳴られる……夏休みは楽しいはずなのに小さい頃は嫌いだった。母とのお勉強タイムがあるからである。

心の中にトラウマを覚えたのはこれが初めてだったのかもしれない。
ADHDと関係あるかはわからないが、自分の性格からして背負いこみやすく、それと母のヒステリーさの相乗効果で面食らい!面喰らい!面くらい!まくっていたのだろう。

トラウマというのは大きくなっても忘れないものだなと今思う。
次回は小学校低学年の頃の家庭環境にズームイン!してみたいと思う。

 

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