病院を受診してADHDと言われたときに思ったこと

おれはもうおなかすいた。

今日は、久しぶりにつけ麺を食べた。久しぶりに食べるつけ麺はなかなかうまい!ラーメンもつけ麺もおいしいところってあまりないんだけど、個人的に日本橋、東京駅近くにある「つじ田」はおすすめ!

 

お試しあれ。

めん徳 二代目 つじ田 日本橋八重洲店

食べログめん徳 二代目 つじ田 日本橋八重洲店

 

そういえばこの前、病院を受診した後のことも書くねって言って書けてなかったので、今回は受診後の心境変化などのお話。

 

【目次】

 

 

受診をしたことはおれにとっては正解だった

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心の中の違和感がスッキリして安心したことが一番の正解

病院を受診したのは2年くらい前。当時はADHDだなんて思っておらず、突然の診断だったため、その場ではハァ?という感じだった。

 

振り返ってみると…周りと違うことに違和感を感じつつも「俺は俺だから」としてずっと生きてきた。だから、先生の話を聞くたびにADHDの特性と自分の個性とがとてもピッタリ当てはまって、なんだかある意味ホッとした。

 

もの忘れに関してもなんだけど、それよりも自分の個性に関して不思議に思ってた部分が多々あったので、その根本的な部分を知れてホッとしたのかもしれない。もともとぼくは呑気であまり他人と違うことを気にしない。他人よりもスピード的に遅くても焦らないし、他人よりも出遅れていてもまぁ俺は俺だからとよく言っていた。

 

これは強がっているわけではなく、本当にそう思っているから周りの心配をよそに本人はまったく気にしていない。なのでまったく改善はされないんだよね。

 

他人と比べられることを極端に嫌い、「普通は」という言葉をとても嫌っていた。校則なんかもそう。「普通はこうなんだ!」という理由もないルールが嫌いだったし、そもそも毎日学校に行かなければいけないという義務教育がよくわからなかった。だからぼくは大いに抵抗した。

 

自分でもなんでこんなことを思ってしまうのか、こんな言葉を真正面から受け止めてしまうのかよくわからないでいたから、ADHDの話を聞いたときに妙に安心した気持ちがあった。

 

空気が読めない、冗談が通じないはADHDの特性という正解を見つけた

他人の気持ちよりも自分の正義の方が正しいと思えば、それを必ず通してしまう。だからこそ、ご幼少の頃はいじめられることもあった。でもぼくは自分の方が正しいと思えば屈しない。体格がよかったし、逆上してしまうと何でもしてしまう怖さがあったので、他人を傷つけてしまうこともあった。最低だが、どうしても抑えられない衝動があったのだ。

 

大人になってからはこの屈しない姿勢が原因で、組織の社長と人事異動の件で大いにもめて、組織の中で孤立してしまった。もともと組織で働くことが向いてないなーと思い、特にアウェーな環境だったため自分という存在感を消す!という自分なりの解決策を見出した組織。ただでさえアウェーな環境での追い打ちだったので、これは本当に精神的に参ってしまった。

 

冗談が通じないのは今も変わらないが、人が言っていることが冗談なのか本気なのかの区別もつかない。これは気持ちを汲めないことにも通じるのかなぁ。。こんなところもADHDではよくあることだと言われて、そうなのかぁ…と納得した。

 

二面性を持つ不可解な特性はADHDという診断で正解を見つけた

こんなぼくは学校では先生に嫌われ、同級生ともあまり良好な関係を築けていなかったように思う。でもぼくは小さい子どもがすごく好きだったり、他人が困っていたらなんとしてでも助けたいと行動したり、人が好きな一面もある。

 

人が嫌いで人が好き。

 

これはぼく自身、ずーっとよくわからない個性だった。だったというよりは今もそう。でもこんな個性的な特徴はADHDの特性なんじゃないかなと思えるようになった。だからずっと変だなぁ、なんでこんなに人と何かすることができないんだ?という疑問に答えを見つけられた。正解がADHDにあったのかと思えたことで長年のお荷物を降ろせた気がしたのだ。

 

 

おれにとっては正解で親にとっては不正解

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発達障害という言葉の一人歩きが親には受け入れられない

ぼくの両親は医療従事者。最初、親にADHDの話をしたとき父はその存在を知らず、母は言葉を失っていた。ぼくの父もだいぶ変人で、300m先の場所を道案内するときもここから2mと素で言ったり、どちらかというとアウェーな場でテレビに向かって突然キレだしたりする。

 

ぼくからしたら、彼こそ何かしらのモノを持っている気がするのだが、説明しても彼は何一つ納得しない。母はといえば子供の頃、すごく育てにくかったことがすごい腑に落ちたと言いつつも、その表情や言葉の断片からADHDという診断を受け入れたくないことがものすごく伝わってきた。

 

医療従事者の方が一般人よりも精神的な病気を受け入れることは難しいように思う。でもそれ以上に自分の子供が発達障害と言われたら、やはりいろいろ考えてしまうのかもしれない。

 

自分のせいではないか?自分のせいとは思いたくない。自分もなのか?自分はそうではないと思いたい…いろいろな葛藤がそこにあるのだと思う。発達障害という言葉は一人歩きしていることもあり、自分の頭でちゃんと考えないと受け入れるのは難しいのかもしれないね。

 

でもやはり一番悲しかったのは、最終的に「あなたは頭も悪くないから、発達障害じゃないから大丈夫」と言われたことだ。動揺もあったのだろうが発達障害をちゃんと理解するのではなく、なかったことのようにしてしまう姿勢が悲しかった。

 

大切なのは発達障害かどうかではない。だとしたら、どうしていくのかだ。生きにくい部分があるなら、こうしていこう!今までの生きにく部分は、こうだったんだ!わっはっは!ぼくはこれでいいのだ。あなたは違うから気にするなというのは思考停止でしかない。親子であるのに向き合ってくれていないように感じたのだ。

 

 

おれにとっての正解はパートナーにとっての正解

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パートナーは自分を一番支えてくれた

パートナーは医療従事者ではない。もちろん発達障害ADHDなんてものは知らなかった。でもまず話を聞いてくれて、どんな病気なのかを調べて理解してくれようとした。ぼくはこうやって医療的な知識がないけれど理解しようとしていろいろ調べてくれたことがとても嬉しかった。

 

自分自身、ADHDの話をするのはちょっとためらう気持ちもあったがパートナーには何でも話してきていたので診断された日に打ち明けた。

 

それ以降も病院に付き添ってくれたり、書籍を購入して学ぼうとしてくれたり、一緒に生きにくさを解決するように同じ方向を向いて協力してくれたりと、どんなことでも協力してくれた。

 

パートナーのこの姿勢には感謝してもしきれないし、とても嬉しく思う。ADHDのダメな部分を仕方ないじゃん!みたいに逃げようとすることもあるぼくをストップさせてくれるのもパートナーだ。

 

ADHDのせいにするのは簡単だけれど、それでは生きていけない。上手に生きていくためにはADHDと仲良く生きていかなければならない。逃げてはダメで、どうしても改善できないこともあるけど、ベストは常に尽くしていかなければ生活は向上しない。

 

恐らく彼女はそんなことを思って、ぼくのためにお尻を叩いてくれているのだと思う。「優しさとは強さ」パートナーを見ていて感じるのは、彼女は本当の優しさを持っているんだなぁということだ。

 

パートナーのイイ部分を再確認できたことも診断を受けて正解に思う一つの要因だ。パートナーも診断を受けたことは正解だと言ってくれている。原因がわかったんだからいいじゃないかと淡々と話してくれたことが嬉しかった。親身になって話を聞いてくれ、生活面での改善策を一緒に考えてくれるパートナーの存在は大きい。

 

担当医の先生も理解してくれるパートナーがいることをとても喜んでくれているし、ADHDの特性と向き合っていく上で服薬以上に大切なことだとよく言ってくれている。

 

 

受診したことで変わるのは服薬と覚悟

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受診をして診断を受けたところで特性や事実は変わらない。服薬を開始すること、診断を受けた結果が自分にとってプラスになるかがポイントだ。

 

武田双雲さんや勝間和代さんのように、ADHDだと思うけど診断は受けておらず普通に生活をしている人もたくさんいると思う。ぼくの場合は服薬で睡眠部分がかなり改善されたことや不注意が少しは減ったように感じること、過去の違和感がスッキリできたことなどプラスの方が大きい。

 

でも診断されることで心がつぶれてしまいそうな人や落ち込んでしまう人は診断を受けなくてもいいのかもしれない。ADHD発達障害という病気に含まれるけども、よく言われるように「脳の癖」だ。

 

「癖が強いんじゃ」……

 

とは千鳥にコントによく出てくるフレーズだが、このフレーズのように自分は脳の癖が強いんじゃ、それだけじゃと思って生きるのも一つの選択肢と思う。

 

一口にADHDといっても様々な特性があると思うけれど、全員が受診をすべき!とはいえないと思うんだよね。強いてぼくがこういう人は受診すると変わるよ!とおすすめできるのはADHDの素因があり睡眠部分の悩みがある人だ。

 

睡眠部分の悩みに関してはストラテラの服用で多くの患者さんが全く同じことを言うと担当医も言っていた。受診をする決断は自分で考えて決めるしかないが、睡眠で悩んでいる人には自分の経験からしても服薬をおすすめしたい。

 

病院を受診するか悩んでいる人は多いかもしれないけど、勝間和代さんや武田双雲さんなんかもググってみるとイイと思う。診断を受けずに日常生活を送る彼らは何かヒントになるかもしれない。

 

とまぁ今回もボリューム満点なブログになってしまった…もうおなかいっぱい。 

 

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ADHDの特性は個性。あの日、あのとき、あの場所でぼくは…

おれはもうおなかすいた。今日はごはん食べてから、うなぎパイと和菓子を食べたけどまだおなかがすいている。さて、おれはもうおなかすいたが今週もブログを更新!

 

このブログ、読んでいただいた方からたまにコメントをもらえるようになった。コメントをもらえると継続したくなるし、純粋に嬉しい。そんな中で「交換ノート」について要望をいただいたので、メーカーの許可が取れたら写真を掲載しつつ紹介しようと思う。しばしお待ちを…

 

ということで今回はADHDと個性について。

 

【目次】

 

 

ADHDの特性の自己判断は難しい

ADHDの特性は個性で病態との選別は難しい

ADHDはそもそも病気なのか?と聞かれたら、病気と言いたくない気持ちもあるし、自分ではどうすることもできないことがあるのだから病気だよと思う気持ちもあるしで複雑だ。

 

でも一般的にADHDの特性といわれる項目は個性を表すことが多いように思う。どこからがADHDという線引きは難しいので、ぼくのこんなところがADHDの特性です!といった紹介ではなく…

 

・ぼくはこんな子供でした

・ぼくはこんな経験をしました

・ぼくはこんな大人になっている途中です

 

こんなところを紹介する形で、ADHDと診断された人の特徴を知っていただけたらと思う。自分に当てはまるから100%ADHDとは限らないけど、自分と照らし合わせて読んでもらえればと。まぁこれを一回で書いたら、何マン文字にもなるだろうしこの回でブログ終わっちゃうから、少しずつ書いていければいいかな。

 

 

ぼくがADHDを受け入れられた理由

自分自身が疑問に思い生きてきたから 

まずはこれ大事だよね。診断を受けたくないと思っている人の中には、ADHDという診断を受け入れられない、そうだとしても受け入れたくないと思っている人が多いんじゃないかな。

 

ぼくはそもそも自分がADHDだなんて思ってもなかったから、そんな気なしで突然診断されて、何言ってんだ?が最初の感想でしたが…

 

この辺は前のブログにも書いたけど、ぼくは最終的に診断を受けてよかった。ぼくは診断を受けるときこそはADHDだなんて思ってもなかったけど、かねてから自分自身について疑問を抱きながら生きてきたから。

 

▼受診のきっかけについての記事

mouonakasuita.hatenablog.com

 

 

だからADHDという診断名にすごく納得ができた。この辺は医療従事者であれば、だからこそ受け入れられないところや思うところはあるかもしれないけどね…ぼく自身はあまり医療従事者気質ではないから受け入れられたのかもしれないね。

 

 

ぼくの特性は小学校でつまずいた

知能の発達は悪くないはずだけど算数ができない

ぼくは小学校に入学するとき字が書けなかったし、書きだせば鏡文字を自然と書く子供だった。

 

まぁこんなものはぼくにとっては屁でもなく、レベル0。このあと算数という恐ろしい魔物にぼくは高校を卒業するまで苦しめられるのですから。

 

ぼくは多分、学習障害(LD)は併発していないと思う。多分…ADHDに興味のある人は見たことがあるかもしれないが、発達障害は単独の場合といろいろ併発する場合とがある。ざっくり絵にしてみると…

 

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こんな感じね。

 

ADHDだけの人もいればADHDとLDを併発してる人、ADHDアスペルガーとLDを併発してる人などさまざま。

 

 

さっきぼくは多分、学習障害じゃないっていったけど、ちょっと調べてみて…うーん。。と思った。算数でつまずいたぼくはもしかしたら、学習障害(LD)も併発しているのかもしれない。でも当時はそんなことまったく思ってなくて、ただ単に苦手なんだと思ってた。

 

▼参考

h-navi.jp

 

 

最終的に算数はちっともできるようにはならなかったけど、ある程度の算数はできるようになった。ハァ?どういうこと?って思うかもしれないけど、それはこうだ。

 

X:算数ができる

◎:(テストのための)算数ができる

 

こっちなんだよね。ぼくは今の世の流れと違って、受験万歳!の世代だから地頭のよさとかじゃなくテクニックが通用した時代。とにかく意味がわからなくても暗記できればいわゆるお勉強はなんとかなるという。

 

数学は暗記だ。なんていうことを誰かも言ってたけど、ぼくもそれは賛成。お勉強なんてみんな暗記だと思う。

 

 

・親がどれだけ教育熱心か

・理屈抜きでどれだけ暗記できるか

・お勉強に対して努力ができるか

 

 

お勉強のできは上記3点でだいたい決まる。いわゆるお勉強が「デキる」タイプの人間は上記に当てはまるか、そもそも理解力があるのか、それともどこでもドアを開けてきたような奴a.k.aアタマいいのかの3タイプに大きくわかれるのではないか。

 

お勉強のメリットは努力をすることを学べる点だと個人的に思っているので、どこでもドアタイプ、理解力があるタイプはお勉強からはあまりメリットを受け取れないんじゃないかなと思う。

 

 

ADHD学習障害(LD)は努力を身につけるチャンスがたくさん

特異な計算方法と暗記力がぼくの個性

ADHD学習障害(LD)の人はお勉強は苦労すると思う。でもここをがんばることで、社会で生きていく中での努力の基盤は築けるのかなと感じている。

 

ぼくは何を説明されても当時はまったく理解できなかった。時計も体積もリットルやデシリットルもちんぷんかんぷん。分度器で角度を測るやつなんて一番地獄で、測るやり方がわからなかったから、だいたいの感覚で何度かを推測するという荒行で乗り越えた。

 

公文式のお陰で計算だけは早くできたけど、計算も両手を使って数を数えながらの計算。これは恥ずかしい話だが、大学受験までこのスタイルだった。。サイン、コサイン…なんてことを言いながらも両手で数字を数えているっていうイカしたスタイル。

 

 

これがぼくの第一の特徴かもしれない。

 

 

暗算できないくせに計算はものすごく早かった。そして、何一つ理解できていないのにある程度の点数は取れた。なぜならものすごく暗記が得意だったから。

 

 

暗記力。

 

 

これがぼくの第二の特徴かもしれない。

 

文章問題も問題の意味がわからないから…

 

1.数字の式をまず丸暗記

2.同じような問題が出たら「1」で丸暗記した中からパズルのように数字を入れ替える

3.ひねられるとゲームオーバー

 

こんな感じで算数や数学を暗記して乗り越えてきた。多分この辺はもう個性な気がするよ。この辺は発達障害の子供を持つお母さんとかに向けていつか詳しく書きたいと思う。

 

とにかく小学校で出会った算数にぼくは大変苦しめられたのです。でもこの算数があったからこそ、努力を強いられたし努力するということを学べたのかなと思う。点数重視だった祖父の教育熱心さには疑問があるけど、努力をする下地を整えてくれたことには感謝している。

 

「頭がいい」という言葉に対するこだわりがぼくの個性

 

「頭いいんだね」

 

この言葉を気軽に使う人が好きじゃない。ぼくは人が1時間でできることを5時間かけてやって初めてできるタイプ。でも5時間かけることができる。そうすることで結果を出してきた。だから「頭いい」という言葉はその人の裏にある努力を無視する、ものすごく失礼な言葉だと思っている。

 

褒め言葉で使ってくれることもあるのだろうけど、ぼくには理解できない。こういうこだわりがあるところがADHDなのかもしれないが、この言葉を使われた途端ぼくは心をシャットダウンしてしまう。

 

教育熱心な祖父と両親の下で育ったこともあるのか、教育には関心が高い。関心が高いことに対するこだわりはやはり人よりも強い。

 

 

特性は個性で区別がつかなくて…ADHDは複雑だ

今回はADHDの特徴と個性を探るために、幼少期と教育についてちょっと深く掘ってみた。おまえ本当にそんな算数で薬剤師になれたのか?といわれそうだが、薬剤師になるのも全部暗記でなんとかした。

 

人よりも時間がかかっても、その分の時間をかけることができるのがぼくの特徴であり個性だ。でも分野によってはこれができずに飽きっぽさを発揮する。

 

こういう複雑な気持ちの構造がADHD最大の特徴なのかもしれないなぁ。

 

 

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食中毒という恐怖

まだ火曜日。あと6分だ……

 

えーっと、今週は更新したかったのですが、あいにく1週間続いている食中毒のためいったんストップ!!

 

もう2時間おきにトイレがお友達で、トイレに行けば蛇口をひねった水のよう。。初めて食中毒と出会ったのは数年前に牡蠣で。

 

次に食中毒に出会ったのは昨年インドから帰国して。

 

そして今回3回目。

 

腹をくだすこと、食欲がなくなることは風邪を引いてもまずない僕がここまで弱る食中毒は本当苦手です。

 

何もできません。ただ耐えるのみ。滝行のようです。

オーマイゴーです。

 

とりあえず来週には復活してるので、来週は更新します!!

おなかが…すかない!!!

そもそもなんで?ぼくが病院を受診をしたキッカケ

おれはもうおなかすいた。今日はまだブリトーしか食べてない。。さて、おれはもうおなかすいたが、おれが病院を受診したキッカケとその後について書いてみようと思う。

 

【目次】 

 

 

キッカケは突然に…

受診のキッカケは若年性の認知症かという不安

僕が病院を受診したキッカケはADHDの症状が気になって…なんてことではない。ADHDという言葉は知っていたけど、自分がADHDだなんて思ったこともなかったし、ADHDについて深く調べたこともなかった。

 

大学卒業後に入社した会社では出張が多かった。僕が一番若かったということもあり、出張の荷造り(測定マシーンの備品の梱包など)は全部自分が引き受けていた。当時はそんなことでもミスをするなんて思ってなかったしね……

 

マシーンのような大きなものはいい。どうやっても忘れようがないから。でも問題はそれに付属するPCやら測定用のチップやらの備品たちだ。彼らは小さかったり、どこに置いてあるかわからなかったりで、僕を大変悩ませてくれた。

 

出張は地方が多くて、時には周りにコンビニすらないようなところにも行った。で、こういうときに限ってPCのアダプタを梱包し忘れていたり、マシーンを起動するためのチップを忘れていたり、必要な書類を事務所に置いてきたりしていた。。。

 

 

あぁ…おれはいったい何やってんだ。。

 

 

僕はいつもそう思っていたけど、周りはたまったもんじゃない。時には何十万の経費をかけて測定データを得るための出張に、土日返上の休日出勤をしている。当然、当時のボスにはものすごい剣幕で怒鳴られたりもした。

 

慌てて人里離れたところから、車をかっ飛ばしてヤマダ電気で、

 

 

「すみません!代替えになるものはありませんか?」

「どうしても!どうしてもこれを今!使いたいんです!」

「お願いします!お願いします!」

 

 

なんて天にもすがる思いで泣きながら、店員さんにしがみついたりもした。

 

でもこれね、1回目はもちろんうっかりミスと思う。だけど2回3回と繰り返すわけだから、僕もそこまでバカじゃないし、ボスの怒鳴りのシャウトは当然恐いしで…

 

2回目以降は何回もチェックしているわけですよ。調剤でいうところの目視ね。

 

それなのに出張先でいざ梱包をほどくと欲しいものが入ってないわけだから、ぼくはもう自分に呆れると同時に毎回毎回、出張の荷ほどきの時間が嫌で仕方なかった。

 

他にもね…

 

カフェ行ってテーブルの下にカバン置いて、そのまま帰っちゃって家の玄関で鍵開けようとしてカバンないことに気付くとか…

 

A店で服を買って、フラッと入ったB店で試着をしようとして、買ったものを置いて帰っちゃうとか…

 

ごはんやさんにカバン預けてそのまま帰ろうとしちゃうとか、トイレにカバンを置いて出てきてそのまま帰っちゃうとか…

 

そりゃもう、おれは大丈夫か???

 

って頭の中がたくさんハテナになることをサラリーマンをやりながら経験したわけ。

そんで、ちょっとした病気の知識があるもんだから、そういう人にありがちな自己診断をしちゃってね…

 

ずーーーーっとおれは若年性の認知症なんじゃないか?なんて思ってしまっていたわけです。

 

退職をキッカケに病院へGO

 で、そんなサラリーマン生活に終わりを告げたとき、パートナーのすすめもあって病院を受診したわけです。

 

開口一番、

 

「ぼくは認知症のような気がするんで、MRI撮ってください」

 

なんて受付で自己診断結果を告げながら。

 

その病院がね、頭痛外来で有名なクリニックで本業は心療内科の先生だったわけです。そんで先生の診察が始まって、そこでもこのフレーズを言うわけです…

 

「おれは認知症だぜ」

 

まぁ当然先生はプロ。そんなことを自分で言う奴は認知症ではないわけです。だから開始3秒で、

 

「キミは認知症じゃないね」

 

なんて、ぼくの自己診断結果はアッサリ葬られてしまうわけです。そんでそこからは先生と対話をするような感じで…

 

なぜかよくわからないまま臨床心理士の先生とも対話をさせられて…って感じで待ち時間も含めてかれこれ2、3時間くらいかな?経った後に、

 

「キミはADHDだ」

 

と言われたのですよ。

 

受診後は掻痒感と爽快感のミックス

おれがADHD?というなんともいえない歯痒さ

ADHDは正直知ってたよ?でもおれがADHD?ハァ!?このおっさんは何言ってんだ!正直そう思いました。

 

やっぱねこういうのはいきなり不意をつかれると受け入れられないわけですよ。でもそんなぼくを見てか先生は続けて、ぼくの幼少期の話とか親との関係とか組織で働いてきてどこに違和感を感じてどう行動したかとか、いろいろ聞いてくれたわけです。

 

肩の荷が降りたという爽快感

それでね、キミの●●な部分はADHDの人の特徴だよと教えてくれたり、ぼく自身がずっと悩んできた周囲とうまく馴染めないこととか、朝起きれないこととか…

 

あぁこれはADHDだからそうだったんだなぁって思えたら、なんだかすごく肩の荷がおりました。きっとこの感覚は人それぞれだと思うけど。 

 

 

キッカケよりも自分の納得

こんな感じでぼくが受診したキッカケはADHDかな自分。。と思ったからではありません。ぼくも医療の世界を学んでいるわけで、メンタル的な分野が確定診断できないことは承知してるんですね。

 

特にうつ病かな?なんて思って3つくらい病院行けば、それぞれの病院で全く違うことを言われる。出される薬も全然違う!そんなことはザラであることも知っています。

 

ぼくは性格的に斜めに構えたり、自分の正義を貫くところがあるので、人の言うことをもともと正面から受け止めません。その場では聞いているようでも実際はまったく頭になかったり、でも自分はこう思うからいいんだ!うるせーぞ!と心の中でシャウトしたり…

 

そんなぼくですがADHDの診断を受けたときは、正面からすんなり受け入れられたんですね。先生の言葉がとか、診断に時間をかけて丁寧にしてくれたとか、そういう部分もあるかもしれないけど、やっぱ自分の中でストンと腑に落ちたんです。

 

ぼくはぼく自身でも思うほどご幼少の頃から変わっていたと思うし、誰よりも「普通が嫌い」というこだわりがあったり、とにかく生きにくくて仕方なかった。なんでおれはこんなに生きにくいんだ?と思ったこともあった。

 

そんな自分の中に疑問点がたくさんあって、ずっとずーっと積み重なっていてでの回答に自分の中で答えが見つかって安心したのかもしれない。

 

診断結果が答えじゃないし、診断結果がついたからどうなるってわけではないけど、自分がずっと深く深く悩んできたことに一つケジメをつけられたという感覚にぼくは納得したように思う。

 

だから疑問に思っていて答えを見つけたいなら病院へ行ってみることも一つの解決策だと思う。そこでADHDと言われて、いやいやおれはADHDじゃねー!って思うなら違う病院行ってみてもいいと思う。

 

こういうのドクターズショッピングっていって、本来はすすめることではないけど、ことメンタル系に関しては自分が納得するまで、自分に合う先生や病院が見つかるまで転々としてもいいんじゃないかなってぼくは思う。

 

今日はちょっと長くなりすぎましたな…本当は受診後も書こうと思ったけど、また今度にしよっと!

 

もうおなかいっぱい。

 

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ストラテラを1年半飲んで特に!!感じること

もうすぐ1月も終わる。とっくにあけましておめでとうだ。僕のブログもこれが新年一発目。ゆるりゆるりと書いていこうと思うと、その内にまた書かなくなってしまう気がするので、毎週火曜日にでも定期更新していこうかなと今年は思っている……

 

今のところはね!さて、新年一発目!いってみよう!!!

 

【目次】

 

 

ストラテラを飲んで特に大きく変わったのは睡眠だ

僕は2015年の6月からストラテラを飲み出したんだけど、飲んだ初日のことは今でも忘れない。基本的に薬の副作用は一切感じない。薬を飲んでもガツンと効いたぜ!って感覚も今まであまりもったことがない。

 

唯一、僕にガツンとしたダメージを与えてくれたのが「チャンピックス」8日目の胃痛。これはね、本気で死ぬかと思うくらい悶絶した。。。

 

7日目まではタバコ吸ってよくて8日目からは吸ってはいけない。というよりまずくて吸えなくなるといわれたけど、嘘つけ!バーカ!と思って吸ったら、即死。。。

 

で、ストラテラの話ね。25mgから開始したんだけど、初めて飲んだ日は眠りが浅くて何度も夜中に目が覚めた。冴えているというか眠りがとにかく浅い、でも平気!そんな感じだった。

 

ノルアドレナリンドパミンの濃度あげるってことの変化をここまで感じられるとは思わず、ちょっと感動したw

 

で、この眠りの浅いのは1週間くらいで落ち着いたかな。そのあとはとにかく目覚めがイイことにビックリ!どんなに睡眠時間が短くてもシャキッと起きられるというか、眠いなーと思いながらでも起きられるというか。

 

僕は本当に昔から朝起きられなくて、朝から学校に行ったことがほとんどない。学校に行く途中の電車で寝て終点まで行ったり、田舎だったから田んぼのあぜ道であえて寝てから学校に行ったりしていたレベル。本当に朝がダメだった。

 

大学生のときも単位のかかった試験だというのに一度起きてから睡魔に負け寝てしまう→今から試験受けさせてもらえませんか?と懇願する→無理と拒否される→再試

 

こんなバカみたいなことを平気でしていた。最終的に試験前は0時まで寝てそこから寝ないって技を編み出したんだけどね。。。

 

社会人になっても朝起きられなくて、しょっちゅう有休使って午前中休んでた。楽しいことがあるときも朝の寝起きはとても悪く、起きてもなんだか寝ているような感じでずーっとボーッとしていた。

 

でもストラテラを飲むようになってから、これが全くない。ホント不思議なんだよね。先生はそれはイイことではないよって言うけど、睡眠時間が3時間でもシャキッと起きられる。

 

今まで生きてきて一番辛かった部分が改善して、これだけでも飲んでよかったなって思ってる。

 

  

ストラテラを飲まなかったときに起こること

ストラテラを飲み忘れることはほとんどないけど、うっかり切らしてしまうことがある。そんなときは離脱症状というか学術的には言われていない症状が起こる。

 

一般的にストラテラは依存性がないと言われているから、離脱症状が起きることは理論上は考えられない。

 

でもうっかり飲み忘れてしまうと、僕の場合は心ここにあらずというか浮いているというか・・・表現が難しいんだけど、ものすごく浮遊感が出る。

 

先生は止めるときは少しずつ減らしていこうって言うから、ステロイドのように漸減していくんだなーと思った。でもその止めるときっていつなんだろ?それがちょっと不安。

 

今のところ80mgで体調も調子もすごくイイからね。止めたとしてどうなっちゃうんだとうなーっていう不安と止めてまた起きれなくならないのかな?という不安。

 

ストラテラを飲まなかった日に浮遊感を感じるから余計に不安に思うのかも。

 

 

ストラテラを飲んでも変わらないこと

 調剤に関してはミスは変わらない。する。28錠必要なのに24錠しか出してなかったり、30mgと60mgを間違えたりね。

 

この辺はちゃんと監査のときに拾ってもらえるから、すごく助かってます。。ホントはもちろんミスせず調剤できるといいんだけど…

 

あとはあるはずの薬をないから注文したら、実際はちゃんとあったりとかね。。

 

ホントなんだ俺!?ってミスをしょっちゅうする。でも少しだけ…処方内容の変更に気付くようになったりとか監査中に錠数が違うことに気付いたりとか。そういった小さな変化はあったかなー。前向きに考えればイイことだよね!

 

でもやっぱミスは多いんだよね。。だけどそんな自分を笑って受け入れてくれている今の職場の環境に本当に感謝しているし、ミスをしても笑いに変えてもらえる環境だからこそ安心して働くことができている。

 

あいつが調剤したからよくみなきゃ!って意識を持って監査してくれてるんだろうけど、嫌な顔せずに指摘してもらえることは本当にありがたい。

 

前職では何年も全く受け入れてもらえずにひたすら耐えて仕事してきたから、やっぱり初めて受け入れてもらえる環境にいられる幸せは大きい。まぁこれも今のメンバーだからなんだけどね。だから、やっぱミスはなるべくなくしたいけど、まだまだ多いしストラテラどうのってものでもないのかなーと思ってる。

 

でも少しでも変化があったのは大きいかな。それをストラテラのお陰と思おうかな。

 

 

ストラテラを1年半飲んでみて、やっぱり一番に思うのが飲んでよかったなということ。飲まないで苦しんでいた頃の自分が嘘のよう。やっぱり寝て起きるってのは毎日の繰り返しだから、そこだけでも大きな変化があったのは大きい。

 

飲むかどうか迷ってるって人は最終判断は自分だけど、僕は飲んでよかったと思うので飲むことをおすすめする。この飲んでどうなったシリーズはたまに書いていきたいな。

 

じゃあ寝るぜー!

 

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久しぶりに中身はないですがまずは更新!

あっという間にもう12月。師走だ。

 

ゆるりゆるりと更新しているブログもちょっとサボってしまうとそのままフェードアウトになりがち。

 

それはいかん!今までも何個もブログやらアメーバオウンドやらの「無料アカウント」と名がつく面々は試してきた。

 

でも。。。。。。

 

 

続かない!!!!

 

なんでかな?ADHD特有の能力なのか、いろいろと興味があって始めるまではいいものの飽きてしまったり、面倒になってしまったり、体裁を整えて満足してしまったりでとにかく続かない。

 

その反面、のめり込むとしつこくずっとやってしまう。

前もこのブログに書いたかもしれないが…

 

・釣りをしていて根掛かりをしました

・根掛かりが外れません

・1時間経ってもどうにもこうにも外れません

 

このような状況のときどうしますか?

 

はい!僕は1日中、根掛かりを外しています。。。

 

これはADHDの特性なのでしょうか。

 

基本的には何をやっても途中で飽きちゃいますね。でもたまに変なところで驚異的に執拗に「粘り強さ」を発揮します。

 

この粘り強さを発揮しているときは、頭の中がモヤモヤするというか、頭ここにあらず!みたいな状態にはなってないんですよね。

 

もうキーーーンとクリア!というかハマっている感じで、無我夢中。ブログも書き出せばそのときは無我夢中になるんだけど、お仕事が溜まっているとそこに到達するのが大変。

 

PC開けばネットサーフィンからのネットサーフィン。こう切り替えがうまくできないのも僕はあります。現役よりも浪人、試験よりも追試で生きてきたので、こう負けてからが勝負でしょ的なとこがあるのかもしれません。

 

ちょっと中身のないブログになってしまいましたが、久しぶりに更新するのが今日の目的なんで、よしとしよう!

 

これくらいのボリュームならテーマがあれば書けるはずだ。12月も残りわずか。来年からは……なんて言いません。

 

明日からもゆる〜く更新していきます。

 

 

 

 

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ADHDなおれは共感する記事を見つけた

少し前の話だが、ネットニュースにADHDについて出ていた。

 

ADHDは前よりもメジャーになっているとはいえ、医療従事者でも知らない人は知らない。そんなADHDがついにYAHOOのトップページを飾る時代がきた。

 

それがこちら……

 

kenko100.jp

 

 

イーライリリー主催のトークセッションだったみたいだが、勝間さんや書道家の武田さんがADHDエピソードを語ったらしい。この二人は診断はされていないが、ADHDの要素が非常に強く、自身でADHDと認めているそうだ。

 

 

記事を読むと確かにADHD要素が強く、共感が持てる。そしてこういう場でADHDと言えているところがすごいなと思う。

 

やはり、日本人は偏見だとか周りの目とか様々なことを気にする。ADHD発達障害という名前のせいもあって、公表するにはかなり勇気がいるんじゃないかなぁと思う。公表することで、周りからどう思われるのか?とか家族はどう思うんだろうとか……そこには各自様々な思いがあると思う。

 

 

僕自身は必要性がなければ特に言う必要はないと思っているので、特に公表はしていない。そもそも一般人だしね。でもこういう著名人がADHDなどを公表してくれると、心の中で”おぉぉぉぉぉ!!!”という拍手が起こる。

 

 

正しい認知やマイナスイメージの払拭のためにこういう方々の力はとても強いと思う。どうしても日本においては言葉上、マイナスなイメージを持たれることは少なくないと思う。だからこそ著名人の力添えがあると興奮の拍手が巻き起こる。

 

 

記事の中で2人の対処法が違うのもまた面白い。苦手なことを避ける派と苦手なこともアプローチを変え取り組む派。どっちが正解というものではないから、こういう人がいるんだ!と実感できることにとても共感を覚える。

 

 

記事の後半では”えじそんくらぶ”というNPO法人の代表の方がお話しているが、この方は薬剤師だそうだ。そこにもまた共感してしまう。

 

えじそんくらぶはAD/HDを持つ人たち、そして共に悩む家族・教師を応援します - NPO法人えじそんくらぶ

 

 

この代表の方はADHDと診断されたことで前向きになったと言っている。これは僕もそうだ。ADHDと言われるまでは自分がなんか変なんじゃないかと思っていたし、物忘れのひどさに関しては、若年性の認知症を疑っていた。診断されることで肩の荷がだいぶ降りたというのが正直なところだ。

 

 

また記事の中では周囲の理解者の存在の大切さについて書かれている。

これに関しては確かにおっしゃるとおり。理解してもらうことは大切だと思う。でも、職場に限って言えば、ミスをカバーする愛嬌やキャラクター、他のことでの努力で周囲を味方にすることはできると思う。

 

どうしても職場に理解者が必要というわけではなく、職場に味方を作る感じかな。

同じことをやっても怒られる人と怒られない人がいるように、キャラクターというものは必ずある。ならば愛されるキャラクターを目指したいものだ。

 

 

ミスをどうしても減らせないのなら、その他のところで他の人よりも努力しなければならない。自分が一番気をつけているのはここ。

 

 

ミスしても許される愛される人間になる

 

 

これが目標であり、環境が変わるたびに試される部分でもある。

これはかなり環境にも左右されるので、ここだ!という環境を見つけられたら、そこがベストなんじゃないかなぁと思う。

 

周囲に協力してもらう前に、周囲に協力してもらえるような人間性と周囲への気配りを忘れないようにしたい。

 

ちなみにこの記事、ケアネットという無料登録が必要な医療サイトでも掲載されている。ライターさんが違うので、またちょっと違う切り口で展開されている。

 

無料なのでこちらも読んでもいいかもしれない。

 

www.carenet.com

 

 

 

 

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