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ADHDだとコミュニケーション能力が低いわけじゃない

おれはもうおなかすいた。

 

今日は夕飯が遅かったのにもうおなかすいた。最近、ほか弁のビフテキ重にハマっている。期間限定なので、早めにお試しあれ!!!

 

ビフテキといったら、ステーキ!ステーキは「銀座のステーキ」が個人的におすすめ。ここはおなかすかせて行かないともったないよ!また行きたいなぁ。

 

銀座のステーキ 銀座本店

食べログ銀座のステーキ 銀座本店

 

さて、今日はちょっと思うところがあったので、ADHDとコミュニケーション能力の関係をみていきたいと思う。

 

【目次】

 

 

コミュニケーション能力が低いADHD

ADHDは一般的にコミュニケーション能力が低いと思われている。共感性が低くて周囲と馴染めないとか、コミュニケーションそのものが苦手とか。

 

発達障害のくくりでもアスペルガーなどの要素を持っている場合もあるから、総じてコミュニケーション能力が低いと考えられているのかもしれないね。実際、ぼくもそうだった。でも今はコミュニケーション能力が低いとまでは思わない。

 

特異なコミュニケーション能力というか人とは違うコミュニケーション能力を持っているように思うんだよね。ぼくは元々は周囲と馴染めずに一人でいる方が好きな子だった。

 

やっぱり大勢というのが特に苦手で、どうコミュニケーションをとってイイのかわからずに大勢いる場ではできる限り目立たず喋らずという方向性にもっていけるようにトライしていた。

 

できる限り、人と接しないでも済むようにしていたというのかな。とにかく学生時代も社会人も基本的には人との関わりをなるべく避けて通ってきた。

 

でもなぜかどんな時代もどの場所でもぼくにはハマる人がいた。これだけ避けているのに、なぜかぼくに興味を持ってくれたり、気にかけてくれたり……もちろんいいことだけではなくて、それがぼくにとっては試練になることもあった。

 

たとえば最初の社会人のときはなぜか異様に人事部長がぼくにハマってくれた。全体研修のときもなにかとぼくに話題を振ってくれたり、韻を踏むように考えた独特なプレゼンを高評価してくれたり……お陰で全社員の前でよく発表を促されることもあって、いいのか悪いのかコミュニケーション能力を磨く試練を与えてもらえた。

 

その甲斐あって……といいたいところなんだけど、最近記事にしたように飲み会ではグダグダだし、目上の人とコミュニケーションを図るのとか本当に苦手。男の人とのコミュニケーションも苦手。

 

ADHDはコミュニケーション能力が低いというのは決めつけだけど、やっぱりコミュニケーションを図る場ってのは苦手だなーと思う。ぼくにハマる人とのコミュニケーションである程度の練習はできているんだろうけど、やっぱり一般的なコミュニケーションが難しく感じるときは多々ある。

 

 

コミュニケーション能力が高いADHD

一方で、ぼくは誰も知らない飲み会とかに飛び込むことが平気だったりする。自分以外はだいたい知り合いとかの場でも、とりあえず飛び込んでみるのは全然平気。

 

もう何言ってるのかよくわかんないよねw

 

でもこれは飛び込むのが平気なだけで、その後に上手なコミュニケーションをとれるかというのは別問題。この前の食事会でも言われたように、よくも悪くも堂々としてるんでしょうな。俺一人で気まずいから一緒に行こうぜ!とかいうのがむしろ嫌いで、気まずかろうが俺は一人で行く派。

 

だから上手にコミュニケーション能力を高められれば、ものすごい能力を開花できるんではなかろうかと期待している。

 

で、ADHDなど発達障害のある人は海外では「挑戦を与えられた人」という意味で「Gifted」と呼ばれたりする。ぼくはこの呼び名がすごい好き。それはコミュニケーション能力にもいえて、ぼくの場合は周囲にはできないコミュニケーションの取り方ができているような気がする。

 

ADHDと特異なコミュニケーション能力

ぼくは今、主に施設のスタッフさんと老人とコミュニケーションを図る仕事をしている。他にもスタッフは何人かいるんだけど、他のスタッフでは聞けない話をぼくは聞けたり、してもらえたりする。

 

施設の入居者で友達になったKさんというおじさんが今日亡くなった。この人は女の人とはよく話すけど、男の人には心を開かない人だった。でもぼくが施設に行くと、出迎えに来てくれたり、顔が見える場所にいると手を振ってくれたり、帰りも姿が見えなくなるまで見送ってくれたりしていた。

 

ぼくは最初、Kさんはみんなにそうしているんだろうと思ってたけど、そうじゃなかった。施設の看護師さんにKさんと仲良く話すぼくの姿を見られたとき、看護師さんは男と話すKさん、ましてや週に1回程度しか来ないぼくと仲良くするKさんに驚いていた。

 

いつからKさんと仲良くなったのかは覚えてないが、Kさんは言葉をあまり発せられないのに、なぜか仲良くなれた。重度の知的障害もあったから、話しかけた内容も恐らくあまり理解できていない。でも、ぼくがどこから来てるかとか、髪型とか片言だけど、よく話してくれた。

 

こう振り返るとコミュニケーションって言葉だけじゃないのかもしれない。全身や仕草、雰囲気から出るものなど、多くのことが合わさってコミュニケーションとなるのかも。

 

Kさんも人事部長もなぜぼくに関心を寄せてくれたのかはわからない。特別なことはしてないし、ゴマをすったわけでもない。でもKさんは前担当者のときは話しかけなかったそうだし、人事部長も他の同期にない魅力を感じると言ってくれた。

 

なんだか自慢話みたいになってしまったけど、自慢したいわけじゃなくて、ADHDはGiftedという名にふさわしい経験をできたから、ぼくは ADHDってマイナスだけじゃないと思う。

 

きっとミスが多かったり、周囲となじめなかったりする代わりに、もっと多くの魅力をADHDの人は持っているのだと思う。試練を与えられた人は試練を乗り越えていくしかないし、その試練の先には喜びがある。

 

みなと同じになるのは簡単だけど、ぼくはみなと同じでいたくない。だから、ADHDというのはみなと同じにならないための個性なのだと思う。

 

ぼくがそうであるようにADHDだからってコミュニケーション能力が低いわけじゃない。苦手はあっても、他の人よりも特段と高いコミュニケーション能力を発揮できることもある。

 

だからADHDだからコミュニケーション能力が低いんだって悩んでる人は、自分の魅力を再確認して欲しいな。ADHDという個性があるんだから、みなと違う個性があるんだから、自分なりの魅力があるはず。Kさんはぼくにそのことを教えてくれた気がする。

 

毎週その施設は行かなきゃいけなくて、Kさんが座ってた席も毎回通るしここまで仲良くなれた入居者さんは他にあまりいない。だから行くたびに思い出すだろうなぁ。もう帰るときも見送ってもらえないんだなぁと思うと、すごく寂しい。

 

自分の魅力って言葉にするのは難しいけど、Giftedという名の通りどんなADHDにも必ず魅力がある。ADHDだからコミュニケーション能力が低いんだって諦めてた人は、あぁそんなことないんか!って明るく前を向くことからはじめてみてはどうでしょうか?

 

  

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ADHDのおれにとって鬼門の食事会はまた続く

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おれはもうおなかすいた。今日はカレーを昼に夜はカレードリアを食す、カレーづくめな一日だった。カレーは飲み物です!って誰か言ってたけど、自分の場合はカレーは白米のような感覚になりつつあり、毎日食べても平気。

 

この毎日食べられるカレーってのはインドカレーのことだけどね……

 

 

さて、先週はね飲み会に立ち向かう話について書いたんだけど、今週も同様です。物事は重なるもので、今週は初めましての方々と初めましての社長さんとお食事させていただきましたので、そちらの反省を。

 

【目次】

 

 

ADHDの特性なのか?落ち着かないはおしぼりでごまかす

食事会なるものがとにかく苦手なのは前回書いた通りなのだが、それが目上の人物だったり格が違うような人物だったりする場合は最上級に苦手である。

 

今回、ご一緒させていただいた面々は初めましての方々ばかりかつ、格が違うような人物ばかりの空間。このような空間に直面したときにぼくがとる最多行動は、おしぼりプレーだ。

 

とにかくもう、ひたすらおしぼりで口を拭いてみたり手を拭いてみたり……布のおしぼりであればまだいいんだけど、これが紙だと退店なる頃にはそれはもう。。。。

 

カッピカピのカッピカピ!

 

普段は困ったことや落ち着かないことがあると、ウロウロ歩き回ったりトイレに行ったりしてごまかすのだが、お友達の飲み会でもない限りはトイレにしょっちゅう立つのもなぁ……なんて感じで、日常的な落ち着き行動が取れなくなる。

 

これもパートナーに言われて気づいたんだけど、ぼくの場合はこういう場ではおしぼりで対処しているらしい。言われてみると確かに用もないのに手を拭いたり、口を拭いたりしてるし、困ったときのおしぼりさん!みたいになってる。

 

ウロウロ歩き回る行動の代替行動として、おしぼり行動を取るんだろうな。ADHDの特性でいう多動はこういった形でも現れるのでしょう。

 

 

飲み会や食事会が苦手なADHDの最終手段は飲む!黙る!

で、結局のところ飲み会や食事会の何がダメかって、話を振ることができんのよね。これを特性と捉えるのはどうなんだろうか?とも思うけど、パートナーに相手に興味を持つことを教えてもらってから少しは改善したんだ。

 

でもね、相手が社長さんとか今回はとある芸能プロの社長さんでさらに次元が異次元すぎるというか……もうどうしていいかわからんかったわけです。

 

そりゃ芸能界、興味はあるし聞きたいことはたくさんあるけど、聞いていいんか?ってこと。こうやってためらう気持ちがある反面、聞いてしまえスイッチが入ると次から次にまくし立ててしまうのが自分の特性。

 

だからねものすごく気を遣うんですよ。いやーこれを聞いたら申し訳ないかな?とかこんなこと聞いたらまずいんじゃないのか?とかね。そしてイマイチそういう分別がつかないのです。でもそれをしてためらっちゃうと次の行動がとりあえず飲む。

 

飲めるならいいんだけど、飲めないのにとりあえず飲む。もうわけわかんないよね。

 

普段、ワインの中でも赤ワインなんて絶対飲まないのに、うわぁ香りがいいですね〜なんて言ってガブ飲み。ブドウジュースを飲むように飲んじゃう。

 

それが落ち着くと、もうねひたすら黙る。終わるのを待つように黙って食べる。サラリーマンのときは周りが一回り以上離れてたから、こういう機会があっても全部投げてた。

 

そもそも職場でも環境があまりよくなくて地雷を踏まぬよう自分を押し殺して黙って過ごしてきたから、こいつは喋りませんみたいな感じでその場にいないような感じでもなんとかなった。

 

でもやっぱ前向きな食事会でこれじゃつまらない。相手は一流の人間でとなるとやっぱり学ぶことが多い。たたずまいもなんだけど、いちいち人の話すことに耳を傾けてくれるし、人の努力を決してバカにしない。

 

こういう一流の人からしか学べないことは多いだろうし、こんな機会は滅多にない。だから楽しむためにも能動的になりたいのにそれができない不甲斐なさ。。

 

 

おい!おれ!がんばれよ!と思いつつも、行動が伴わず、飲んで黙る。

 

おい!おれ!いけよ!と思いながら、タイミングをみて質問する。

 

 

「出身はどちらですか?」

 

 

一同、ポカンとする。

 

あ、おれやっちまったな、話の流れをぶった切った。。

 

でも社長は優しく答えてくれて、自分の目の前にいたおばさん(初対面なのにめちゃくちゃいじってくる。でも実はこの人にだいぶ助けられた)が本当に動じない子だね!なんて言って場を盛り上げてくれた。

 

最終的にこのおばさんには「よくも悪くも堂々としている」というアリガタイお言葉をいただいた。

 

 

空気が読めないADHDにとって大切なのはキャラである

こうやってお食事をしてみると一つ大切なことに気づく。空気が読めないのは練習するしかないし、練習してもどうもならないかもしれない。でも愛されるキャラは練習できるだろうということだ。

 

あいつがやっても怒られないのに自分がやったら怒られるみたいなことは学生時代に経験したことがあるだろう。

 

それと同じでADHDの空気の読めないタイプの人こそ愛されキャラになる練習を積むべきだと自分は思う。

 

今回の例でいえば、目の前のおばさんが自分をいじり倒してくれたことで場が和み盛り上がった。おばさんは盛り上げ上手だし、見習いたい人物だ。そして、そこに花を添えたのはぼくだ。

 

ちょっとスーパーポジティブだけど、おばさんのいじりに対してブスッとすることもそんなことないですとぶった切ることもできる。でもぼくはそれをしなかった。

 

意識的に演じたわけではないけれど、おばさんのいじりに対して乗っかるようには心がけた。誰かが話しているときはニコニコしながら聞いていた。

 

もともとぼくはヘラヘラしてるので、人の話はニコニコしながら聞ける。そこはよく好印象を持ってもらえるのだが、聞いてるようで聞いてないからたまに問題がでちゃう。

 

でも今回は言葉の最後を捉えて、それはこういうこと?みたいな感じでキャッチボールもしてみた。そしていじられたらとにかく乗ってみることで相手にとっていじりやすい環境を与えたのだ。

 

与えたのだなんていうと偉そうだけどw

 

最終的に何考えてるかわからない、良くも悪くも堂々としてるゆとりといわれたので、ゆとりだけ否定した。

 

いや、そもそもぼくの年齢だとゆとりの世代じゃないんで、学校は土曜休みがあったけど分類的にゆとりじゃないから!みたいにまくし立ててしまったようで、

 

そういうところだよ!

 

と逆に言われてしまった。。w

 

キャラは大切。

 

社長ともっとお話ししたかったなぁ。。。。

まずはもうちょっと場数を踏んで話を振るスキルを練習しなきゃな。いろんなタイプのADHDの人はいるんだろうけど、こういう話を振るとか空気感が勝負の場でも特性を発揮できるADHDの人っているのかな?

 

 

 

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お付き合いのある業者と飲み会、ADHD的には鬼門なのだ

現在

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いやー、肉が食べたい!俺はもうおなかすいた。

 

さて、本日というより昨日はブログの更新日だったわけですが、飲み会参加につき更新できておりません!ただいま風呂を済ませ酔いが落ち着いた状態であります。

 

今週は飲み会ついでにサクッとADHDと飲み会について書いてみようかな。

 

 

ADHDと飲み会。

 

これは個人の特性が大きく出る場面。基本的にぼくは飲み会が苦手だ。特に男だけという飲み会は苦手。

 

ぼくの場合は基本的な特性として、

 

・空気が読めない

 

これが大きくある。

 

空気が読めないのはADHDの多くの人が持っている特性と言われている。ぼくの場合の空気が読めないは大きくわけて2つだ。

 

・日本人特有の行間がわからない

・空回る

 

日本人の会話には特有の行間がある。これは飲み会の場でも同じで、こう言っているけど本当はこうとかこの言葉の真意はこうだということがある。

 

こういった行間を読むことができず、しばしば言っていることをうまく理解できない。

 

例えば、休んでいいよ!と言って欲しいのに私明日は出勤するね!と言われたら、そのままの形で受け取るとか。

 

なんでハッキリこうしたい!と言わないのかとずっと疑問に思ってしまう。これが異性であればまだ少しは許されるが、同性だとなんだこいつとなってしまうので男飲み会なるものは特に苦手なのだ。

 

 

空回る方はといえば、トンチンカンなことを言ってしまい場を和ませることもあれば、凍りつかせることもある。

 

この空気が読めない感が如実に出る飲み会がぼくは不得意。特にプライベートではない飲み会なんて時と場合によっては苦笑いしかできない。

 

こんなこと言って大丈夫かな?というのがイマイチわからないから黙ってしまい、結果としてひたすら飲むか、おしぼりでしょっちゅう手と口を拭くか、とりあえず笑っておくかの三択となることが多い。

 

今までは避けられるものは避けてきたが、やはりそれでは成長はない。パートナーも練習だから行ってごらんとよく言ってくれる。

 

そういう後押しもあり、今では積極的ではないがなるべく参加し、意識的に振る舞うようにしている。

 

 

それでもやっぱり、相手に失礼なことを言ってしまうこともやってしまうこともあるんだよね。

 

今日なんかはキュウリが嫌いと言われた3秒後にキュウリを取り分けてしまった。そして目上の人が熱く語っていることを、心ここにあらずで「ふーん、そうなんですねー」と広げずにぶった切ってしまった。

 

 

たびたびこういうことあるから、気をつけはするんだけどなかなかパーフェクトには対応できない。

 

でも飲み会のたびに反省点を見つけて次に繋げようと思えることで、少しずつの改善はみられる気がする。そもそも、あ!こういうとこがダメなんだ!と気付けただけでも進歩。

 

今まではどこの何が悪いのかよくわからなかったのだから。

 

今日は帰り際、お金いらないと言われ、真っ先に気軽に飲めなくなるから出させてくれ!とお願いした。

 

これはパートナーに教えてもらったり、場を踏んだことでできるようになった機転だ。

 

それまでは「そうですか、はーい」という感じで、「お金いらないと言ってるんだからいいんだな」で終わらせてしまっていたんだよね。

 

日本人のこういう暗黙のマナーというかルールというかは未だによくわからない。でも意識することでADHDでも進歩はできる。

 

パーフェクトにできなくてもいい。焦らずゆっくりと日本人の心を学んでいこうじゃないか。時として場を和ませることもできるんだから、空気が読めない特性は悪なだけではないんだから。

 

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病院を受診してADHDと言われたときに思ったこと

おれはもうおなかすいた。

今日は、久しぶりにつけ麺を食べた。久しぶりに食べるつけ麺はなかなかうまい!ラーメンもつけ麺もおいしいところってあまりないんだけど、個人的に日本橋、東京駅近くにある「つじ田」はおすすめ!

 

お試しあれ。

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食べログめん徳 二代目 つじ田 日本橋八重洲店

 

そういえばこの前、病院を受診した後のことも書くねって言って書けてなかったので、今回は受診後の心境変化などのお話。

 

【目次】

 

 

受診をしたことはおれにとっては正解だった

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心の中の違和感がスッキリして安心したことが一番の正解

病院を受診したのは2年くらい前。当時はADHDだなんて思っておらず、突然の診断だったため、その場ではハァ?という感じだった。

 

振り返ってみると…周りと違うことに違和感を感じつつも「俺は俺だから」としてずっと生きてきた。だから、先生の話を聞くたびにADHDの特性と自分の個性とがとてもピッタリ当てはまって、なんだかある意味ホッとした。

 

もの忘れに関してもなんだけど、それよりも自分の個性に関して不思議に思ってた部分が多々あったので、その根本的な部分を知れてホッとしたのかもしれない。もともとぼくは呑気であまり他人と違うことを気にしない。他人よりもスピード的に遅くても焦らないし、他人よりも出遅れていてもまぁ俺は俺だからとよく言っていた。

 

これは強がっているわけではなく、本当にそう思っているから周りの心配をよそに本人はまったく気にしていない。なのでまったく改善はされないんだよね。

 

他人と比べられることを極端に嫌い、「普通は」という言葉をとても嫌っていた。校則なんかもそう。「普通はこうなんだ!」という理由もないルールが嫌いだったし、そもそも毎日学校に行かなければいけないという義務教育がよくわからなかった。だからぼくは大いに抵抗した。

 

自分でもなんでこんなことを思ってしまうのか、こんな言葉を真正面から受け止めてしまうのかよくわからないでいたから、ADHDの話を聞いたときに妙に安心した気持ちがあった。

 

空気が読めない、冗談が通じないはADHDの特性という正解を見つけた

他人の気持ちよりも自分の正義の方が正しいと思えば、それを必ず通してしまう。だからこそ、ご幼少の頃はいじめられることもあった。でもぼくは自分の方が正しいと思えば屈しない。体格がよかったし、逆上してしまうと何でもしてしまう怖さがあったので、他人を傷つけてしまうこともあった。最低だが、どうしても抑えられない衝動があったのだ。

 

大人になってからはこの屈しない姿勢が原因で、組織の社長と人事異動の件で大いにもめて、組織の中で孤立してしまった。もともと組織で働くことが向いてないなーと思い、特にアウェーな環境だったため自分という存在感を消す!という自分なりの解決策を見出した組織。ただでさえアウェーな環境での追い打ちだったので、これは本当に精神的に参ってしまった。

 

冗談が通じないのは今も変わらないが、人が言っていることが冗談なのか本気なのかの区別もつかない。これは気持ちを汲めないことにも通じるのかなぁ。。こんなところもADHDではよくあることだと言われて、そうなのかぁ…と納得した。

 

二面性を持つ不可解な特性はADHDという診断で正解を見つけた

こんなぼくは学校では先生に嫌われ、同級生ともあまり良好な関係を築けていなかったように思う。でもぼくは小さい子どもがすごく好きだったり、他人が困っていたらなんとしてでも助けたいと行動したり、人が好きな一面もある。

 

人が嫌いで人が好き。

 

これはぼく自身、ずーっとよくわからない個性だった。だったというよりは今もそう。でもこんな個性的な特徴はADHDの特性なんじゃないかなと思えるようになった。だからずっと変だなぁ、なんでこんなに人と何かすることができないんだ?という疑問に答えを見つけられた。正解がADHDにあったのかと思えたことで長年のお荷物を降ろせた気がしたのだ。

 

 

おれにとっては正解で親にとっては不正解

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発達障害という言葉の一人歩きが親には受け入れられない

ぼくの両親は医療従事者。最初、親にADHDの話をしたとき父はその存在を知らず、母は言葉を失っていた。ぼくの父もだいぶ変人で、300m先の場所を道案内するときもここから2mと素で言ったり、どちらかというとアウェーな場でテレビに向かって突然キレだしたりする。

 

ぼくからしたら、彼こそ何かしらのモノを持っている気がするのだが、説明しても彼は何一つ納得しない。母はといえば子供の頃、すごく育てにくかったことがすごい腑に落ちたと言いつつも、その表情や言葉の断片からADHDという診断を受け入れたくないことがものすごく伝わってきた。

 

医療従事者の方が一般人よりも精神的な病気を受け入れることは難しいように思う。でもそれ以上に自分の子供が発達障害と言われたら、やはりいろいろ考えてしまうのかもしれない。

 

自分のせいではないか?自分のせいとは思いたくない。自分もなのか?自分はそうではないと思いたい…いろいろな葛藤がそこにあるのだと思う。発達障害という言葉は一人歩きしていることもあり、自分の頭でちゃんと考えないと受け入れるのは難しいのかもしれないね。

 

でもやはり一番悲しかったのは、最終的に「あなたは頭も悪くないから、発達障害じゃないから大丈夫」と言われたことだ。動揺もあったのだろうが発達障害をちゃんと理解するのではなく、なかったことのようにしてしまう姿勢が悲しかった。

 

大切なのは発達障害かどうかではない。だとしたら、どうしていくのかだ。生きにくい部分があるなら、こうしていこう!今までの生きにく部分は、こうだったんだ!わっはっは!ぼくはこれでいいのだ。あなたは違うから気にするなというのは思考停止でしかない。親子であるのに向き合ってくれていないように感じたのだ。

 

 

おれにとっての正解はパートナーにとっての正解

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パートナーは自分を一番支えてくれた

パートナーは医療従事者ではない。もちろん発達障害ADHDなんてものは知らなかった。でもまず話を聞いてくれて、どんな病気なのかを調べて理解してくれようとした。ぼくはこうやって医療的な知識がないけれど理解しようとしていろいろ調べてくれたことがとても嬉しかった。

 

自分自身、ADHDの話をするのはちょっとためらう気持ちもあったがパートナーには何でも話してきていたので診断された日に打ち明けた。

 

それ以降も病院に付き添ってくれたり、書籍を購入して学ぼうとしてくれたり、一緒に生きにくさを解決するように同じ方向を向いて協力してくれたりと、どんなことでも協力してくれた。

 

パートナーのこの姿勢には感謝してもしきれないし、とても嬉しく思う。ADHDのダメな部分を仕方ないじゃん!みたいに逃げようとすることもあるぼくをストップさせてくれるのもパートナーだ。

 

ADHDのせいにするのは簡単だけれど、それでは生きていけない。上手に生きていくためにはADHDと仲良く生きていかなければならない。逃げてはダメで、どうしても改善できないこともあるけど、ベストは常に尽くしていかなければ生活は向上しない。

 

恐らく彼女はそんなことを思って、ぼくのためにお尻を叩いてくれているのだと思う。「優しさとは強さ」パートナーを見ていて感じるのは、彼女は本当の優しさを持っているんだなぁということだ。

 

パートナーのイイ部分を再確認できたことも診断を受けて正解に思う一つの要因だ。パートナーも診断を受けたことは正解だと言ってくれている。原因がわかったんだからいいじゃないかと淡々と話してくれたことが嬉しかった。親身になって話を聞いてくれ、生活面での改善策を一緒に考えてくれるパートナーの存在は大きい。

 

担当医の先生も理解してくれるパートナーがいることをとても喜んでくれているし、ADHDの特性と向き合っていく上で服薬以上に大切なことだとよく言ってくれている。

 

 

受診したことで変わるのは服薬と覚悟

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受診をして診断を受けたところで特性や事実は変わらない。服薬を開始すること、診断を受けた結果が自分にとってプラスになるかがポイントだ。

 

武田双雲さんや勝間和代さんのように、ADHDだと思うけど診断は受けておらず普通に生活をしている人もたくさんいると思う。ぼくの場合は服薬で睡眠部分がかなり改善されたことや不注意が少しは減ったように感じること、過去の違和感がスッキリできたことなどプラスの方が大きい。

 

でも診断されることで心がつぶれてしまいそうな人や落ち込んでしまう人は診断を受けなくてもいいのかもしれない。ADHD発達障害という病気に含まれるけども、よく言われるように「脳の癖」だ。

 

「癖が強いんじゃ」……

 

とは千鳥にコントによく出てくるフレーズだが、このフレーズのように自分は脳の癖が強いんじゃ、それだけじゃと思って生きるのも一つの選択肢と思う。

 

一口にADHDといっても様々な特性があると思うけれど、全員が受診をすべき!とはいえないと思うんだよね。強いてぼくがこういう人は受診すると変わるよ!とおすすめできるのはADHDの素因があり睡眠部分の悩みがある人だ。

 

睡眠部分の悩みに関してはストラテラの服用で多くの患者さんが全く同じことを言うと担当医も言っていた。受診をする決断は自分で考えて決めるしかないが、睡眠で悩んでいる人には自分の経験からしても服薬をおすすめしたい。

 

病院を受診するか悩んでいる人は多いかもしれないけど、勝間和代さんや武田双雲さんなんかもググってみるとイイと思う。診断を受けずに日常生活を送る彼らは何かヒントになるかもしれない。

 

とまぁ今回もボリューム満点なブログになってしまった…もうおなかいっぱい。 

 

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ADHDの特性は個性。あの日、あのとき、あの場所でぼくは…

おれはもうおなかすいた。今日はごはん食べてから、うなぎパイと和菓子を食べたけどまだおなかがすいている。さて、おれはもうおなかすいたが今週もブログを更新!

 

このブログ、読んでいただいた方からたまにコメントをもらえるようになった。コメントをもらえると継続したくなるし、純粋に嬉しい。そんな中で「交換ノート」について要望をいただいたので、メーカーの許可が取れたら写真を掲載しつつ紹介しようと思う。しばしお待ちを…

 

ということで今回はADHDと個性について。

 

【目次】

 

 

ADHDの特性の自己判断は難しい

ADHDの特性は個性で病態との選別は難しい

ADHDはそもそも病気なのか?と聞かれたら、病気と言いたくない気持ちもあるし、自分ではどうすることもできないことがあるのだから病気だよと思う気持ちもあるしで複雑だ。

 

でも一般的にADHDの特性といわれる項目は個性を表すことが多いように思う。どこからがADHDという線引きは難しいので、ぼくのこんなところがADHDの特性です!といった紹介ではなく…

 

・ぼくはこんな子供でした

・ぼくはこんな経験をしました

・ぼくはこんな大人になっている途中です

 

こんなところを紹介する形で、ADHDと診断された人の特徴を知っていただけたらと思う。自分に当てはまるから100%ADHDとは限らないけど、自分と照らし合わせて読んでもらえればと。まぁこれを一回で書いたら、何マン文字にもなるだろうしこの回でブログ終わっちゃうから、少しずつ書いていければいいかな。

 

 

ぼくがADHDを受け入れられた理由

自分自身が疑問に思い生きてきたから 

まずはこれ大事だよね。診断を受けたくないと思っている人の中には、ADHDという診断を受け入れられない、そうだとしても受け入れたくないと思っている人が多いんじゃないかな。

 

ぼくはそもそも自分がADHDだなんて思ってもなかったから、そんな気なしで突然診断されて、何言ってんだ?が最初の感想でしたが…

 

この辺は前のブログにも書いたけど、ぼくは最終的に診断を受けてよかった。ぼくは診断を受けるときこそはADHDだなんて思ってもなかったけど、かねてから自分自身について疑問を抱きながら生きてきたから。

 

▼受診のきっかけについての記事

mouonakasuita.hatenablog.com

 

 

だからADHDという診断名にすごく納得ができた。この辺は医療従事者であれば、だからこそ受け入れられないところや思うところはあるかもしれないけどね…ぼく自身はあまり医療従事者気質ではないから受け入れられたのかもしれないね。

 

 

ぼくの特性は小学校でつまずいた

知能の発達は悪くないはずだけど算数ができない

ぼくは小学校に入学するとき字が書けなかったし、書きだせば鏡文字を自然と書く子供だった。

 

まぁこんなものはぼくにとっては屁でもなく、レベル0。このあと算数という恐ろしい魔物にぼくは高校を卒業するまで苦しめられるのですから。

 

ぼくは多分、学習障害(LD)は併発していないと思う。多分…ADHDに興味のある人は見たことがあるかもしれないが、発達障害は単独の場合といろいろ併発する場合とがある。ざっくり絵にしてみると…

 

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こんな感じね。

 

ADHDだけの人もいればADHDとLDを併発してる人、ADHDアスペルガーとLDを併発してる人などさまざま。

 

 

さっきぼくは多分、学習障害じゃないっていったけど、ちょっと調べてみて…うーん。。と思った。算数でつまずいたぼくはもしかしたら、学習障害(LD)も併発しているのかもしれない。でも当時はそんなことまったく思ってなくて、ただ単に苦手なんだと思ってた。

 

▼参考

h-navi.jp

 

 

最終的に算数はちっともできるようにはならなかったけど、ある程度の算数はできるようになった。ハァ?どういうこと?って思うかもしれないけど、それはこうだ。

 

X:算数ができる

◎:(テストのための)算数ができる

 

こっちなんだよね。ぼくは今の世の流れと違って、受験万歳!の世代だから地頭のよさとかじゃなくテクニックが通用した時代。とにかく意味がわからなくても暗記できればいわゆるお勉強はなんとかなるという。

 

数学は暗記だ。なんていうことを誰かも言ってたけど、ぼくもそれは賛成。お勉強なんてみんな暗記だと思う。

 

 

・親がどれだけ教育熱心か

・理屈抜きでどれだけ暗記できるか

・お勉強に対して努力ができるか

 

 

お勉強のできは上記3点でだいたい決まる。いわゆるお勉強が「デキる」タイプの人間は上記に当てはまるか、そもそも理解力があるのか、それともどこでもドアを開けてきたような奴a.k.aアタマいいのかの3タイプに大きくわかれるのではないか。

 

お勉強のメリットは努力をすることを学べる点だと個人的に思っているので、どこでもドアタイプ、理解力があるタイプはお勉強からはあまりメリットを受け取れないんじゃないかなと思う。

 

 

ADHD学習障害(LD)は努力を身につけるチャンスがたくさん

特異な計算方法と暗記力がぼくの個性

ADHD学習障害(LD)の人はお勉強は苦労すると思う。でもここをがんばることで、社会で生きていく中での努力の基盤は築けるのかなと感じている。

 

ぼくは何を説明されても当時はまったく理解できなかった。時計も体積もリットルやデシリットルもちんぷんかんぷん。分度器で角度を測るやつなんて一番地獄で、測るやり方がわからなかったから、だいたいの感覚で何度かを推測するという荒行で乗り越えた。

 

公文式のお陰で計算だけは早くできたけど、計算も両手を使って数を数えながらの計算。これは恥ずかしい話だが、大学受験までこのスタイルだった。。サイン、コサイン…なんてことを言いながらも両手で数字を数えているっていうイカしたスタイル。

 

 

これがぼくの第一の特徴かもしれない。

 

 

暗算できないくせに計算はものすごく早かった。そして、何一つ理解できていないのにある程度の点数は取れた。なぜならものすごく暗記が得意だったから。

 

 

暗記力。

 

 

これがぼくの第二の特徴かもしれない。

 

文章問題も問題の意味がわからないから…

 

1.数字の式をまず丸暗記

2.同じような問題が出たら「1」で丸暗記した中からパズルのように数字を入れ替える

3.ひねられるとゲームオーバー

 

こんな感じで算数や数学を暗記して乗り越えてきた。多分この辺はもう個性な気がするよ。この辺は発達障害の子供を持つお母さんとかに向けていつか詳しく書きたいと思う。

 

とにかく小学校で出会った算数にぼくは大変苦しめられたのです。でもこの算数があったからこそ、努力を強いられたし努力するということを学べたのかなと思う。点数重視だった祖父の教育熱心さには疑問があるけど、努力をする下地を整えてくれたことには感謝している。

 

「頭がいい」という言葉に対するこだわりがぼくの個性

 

「頭いいんだね」

 

この言葉を気軽に使う人が好きじゃない。ぼくは人が1時間でできることを5時間かけてやって初めてできるタイプ。でも5時間かけることができる。そうすることで結果を出してきた。だから「頭いい」という言葉はその人の裏にある努力を無視する、ものすごく失礼な言葉だと思っている。

 

褒め言葉で使ってくれることもあるのだろうけど、ぼくには理解できない。こういうこだわりがあるところがADHDなのかもしれないが、この言葉を使われた途端ぼくは心をシャットダウンしてしまう。

 

教育熱心な祖父と両親の下で育ったこともあるのか、教育には関心が高い。関心が高いことに対するこだわりはやはり人よりも強い。

 

 

特性は個性で区別がつかなくて…ADHDは複雑だ

今回はADHDの特徴と個性を探るために、幼少期と教育についてちょっと深く掘ってみた。おまえ本当にそんな算数で薬剤師になれたのか?といわれそうだが、薬剤師になるのも全部暗記でなんとかした。

 

人よりも時間がかかっても、その分の時間をかけることができるのがぼくの特徴であり個性だ。でも分野によってはこれができずに飽きっぽさを発揮する。

 

こういう複雑な気持ちの構造がADHD最大の特徴なのかもしれないなぁ。

 

 

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食中毒という恐怖

まだ火曜日。あと6分だ……

 

えーっと、今週は更新したかったのですが、あいにく1週間続いている食中毒のためいったんストップ!!

 

もう2時間おきにトイレがお友達で、トイレに行けば蛇口をひねった水のよう。。初めて食中毒と出会ったのは数年前に牡蠣で。

 

次に食中毒に出会ったのは昨年インドから帰国して。

 

そして今回3回目。

 

腹をくだすこと、食欲がなくなることは風邪を引いてもまずない僕がここまで弱る食中毒は本当苦手です。

 

何もできません。ただ耐えるのみ。滝行のようです。

オーマイゴーです。

 

とりあえず来週には復活してるので、来週は更新します!!

おなかが…すかない!!!

そもそもなんで?ぼくが病院を受診をしたキッカケ

おれはもうおなかすいた。今日はまだブリトーしか食べてない。。さて、おれはもうおなかすいたが、おれが病院を受診したキッカケとその後について書いてみようと思う。

 

【目次】 

 

 

キッカケは突然に…

受診のキッカケは若年性の認知症かという不安

僕が病院を受診したキッカケはADHDの症状が気になって…なんてことではない。ADHDという言葉は知っていたけど、自分がADHDだなんて思ったこともなかったし、ADHDについて深く調べたこともなかった。

 

大学卒業後に入社した会社では出張が多かった。僕が一番若かったということもあり、出張の荷造り(測定マシーンの備品の梱包など)は全部自分が引き受けていた。当時はそんなことでもミスをするなんて思ってなかったしね……

 

マシーンのような大きなものはいい。どうやっても忘れようがないから。でも問題はそれに付属するPCやら測定用のチップやらの備品たちだ。彼らは小さかったり、どこに置いてあるかわからなかったりで、僕を大変悩ませてくれた。

 

出張は地方が多くて、時には周りにコンビニすらないようなところにも行った。で、こういうときに限ってPCのアダプタを梱包し忘れていたり、マシーンを起動するためのチップを忘れていたり、必要な書類を事務所に置いてきたりしていた。。。

 

 

あぁ…おれはいったい何やってんだ。。

 

 

僕はいつもそう思っていたけど、周りはたまったもんじゃない。時には何十万の経費をかけて測定データを得るための出張に、土日返上の休日出勤をしている。当然、当時のボスにはものすごい剣幕で怒鳴られたりもした。

 

慌てて人里離れたところから、車をかっ飛ばしてヤマダ電気で、

 

 

「すみません!代替えになるものはありませんか?」

「どうしても!どうしてもこれを今!使いたいんです!」

「お願いします!お願いします!」

 

 

なんて天にもすがる思いで泣きながら、店員さんにしがみついたりもした。

 

でもこれね、1回目はもちろんうっかりミスと思う。だけど2回3回と繰り返すわけだから、僕もそこまでバカじゃないし、ボスの怒鳴りのシャウトは当然恐いしで…

 

2回目以降は何回もチェックしているわけですよ。調剤でいうところの目視ね。

 

それなのに出張先でいざ梱包をほどくと欲しいものが入ってないわけだから、ぼくはもう自分に呆れると同時に毎回毎回、出張の荷ほどきの時間が嫌で仕方なかった。

 

他にもね…

 

カフェ行ってテーブルの下にカバン置いて、そのまま帰っちゃって家の玄関で鍵開けようとしてカバンないことに気付くとか…

 

A店で服を買って、フラッと入ったB店で試着をしようとして、買ったものを置いて帰っちゃうとか…

 

ごはんやさんにカバン預けてそのまま帰ろうとしちゃうとか、トイレにカバンを置いて出てきてそのまま帰っちゃうとか…

 

そりゃもう、おれは大丈夫か???

 

って頭の中がたくさんハテナになることをサラリーマンをやりながら経験したわけ。

そんで、ちょっとした病気の知識があるもんだから、そういう人にありがちな自己診断をしちゃってね…

 

ずーーーーっとおれは若年性の認知症なんじゃないか?なんて思ってしまっていたわけです。

 

退職をキッカケに病院へGO

 で、そんなサラリーマン生活に終わりを告げたとき、パートナーのすすめもあって病院を受診したわけです。

 

開口一番、

 

「ぼくは認知症のような気がするんで、MRI撮ってください」

 

なんて受付で自己診断結果を告げながら。

 

その病院がね、頭痛外来で有名なクリニックで本業は心療内科の先生だったわけです。そんで先生の診察が始まって、そこでもこのフレーズを言うわけです…

 

「おれは認知症だぜ」

 

まぁ当然先生はプロ。そんなことを自分で言う奴は認知症ではないわけです。だから開始3秒で、

 

「キミは認知症じゃないね」

 

なんて、ぼくの自己診断結果はアッサリ葬られてしまうわけです。そんでそこからは先生と対話をするような感じで…

 

なぜかよくわからないまま臨床心理士の先生とも対話をさせられて…って感じで待ち時間も含めてかれこれ2、3時間くらいかな?経った後に、

 

「キミはADHDだ」

 

と言われたのですよ。

 

受診後は掻痒感と爽快感のミックス

おれがADHD?というなんともいえない歯痒さ

ADHDは正直知ってたよ?でもおれがADHD?ハァ!?このおっさんは何言ってんだ!正直そう思いました。

 

やっぱねこういうのはいきなり不意をつかれると受け入れられないわけですよ。でもそんなぼくを見てか先生は続けて、ぼくの幼少期の話とか親との関係とか組織で働いてきてどこに違和感を感じてどう行動したかとか、いろいろ聞いてくれたわけです。

 

肩の荷が降りたという爽快感

それでね、キミの●●な部分はADHDの人の特徴だよと教えてくれたり、ぼく自身がずっと悩んできた周囲とうまく馴染めないこととか、朝起きれないこととか…

 

あぁこれはADHDだからそうだったんだなぁって思えたら、なんだかすごく肩の荷がおりました。きっとこの感覚は人それぞれだと思うけど。 

 

 

キッカケよりも自分の納得

こんな感じでぼくが受診したキッカケはADHDかな自分。。と思ったからではありません。ぼくも医療の世界を学んでいるわけで、メンタル的な分野が確定診断できないことは承知してるんですね。

 

特にうつ病かな?なんて思って3つくらい病院行けば、それぞれの病院で全く違うことを言われる。出される薬も全然違う!そんなことはザラであることも知っています。

 

ぼくは性格的に斜めに構えたり、自分の正義を貫くところがあるので、人の言うことをもともと正面から受け止めません。その場では聞いているようでも実際はまったく頭になかったり、でも自分はこう思うからいいんだ!うるせーぞ!と心の中でシャウトしたり…

 

そんなぼくですがADHDの診断を受けたときは、正面からすんなり受け入れられたんですね。先生の言葉がとか、診断に時間をかけて丁寧にしてくれたとか、そういう部分もあるかもしれないけど、やっぱ自分の中でストンと腑に落ちたんです。

 

ぼくはぼく自身でも思うほどご幼少の頃から変わっていたと思うし、誰よりも「普通が嫌い」というこだわりがあったり、とにかく生きにくくて仕方なかった。なんでおれはこんなに生きにくいんだ?と思ったこともあった。

 

そんな自分の中に疑問点がたくさんあって、ずっとずーっと積み重なっていてでの回答に自分の中で答えが見つかって安心したのかもしれない。

 

診断結果が答えじゃないし、診断結果がついたからどうなるってわけではないけど、自分がずっと深く深く悩んできたことに一つケジメをつけられたという感覚にぼくは納得したように思う。

 

だから疑問に思っていて答えを見つけたいなら病院へ行ってみることも一つの解決策だと思う。そこでADHDと言われて、いやいやおれはADHDじゃねー!って思うなら違う病院行ってみてもいいと思う。

 

こういうのドクターズショッピングっていって、本来はすすめることではないけど、ことメンタル系に関しては自分が納得するまで、自分に合う先生や病院が見つかるまで転々としてもいいんじゃないかなってぼくは思う。

 

今日はちょっと長くなりすぎましたな…本当は受診後も書こうと思ったけど、また今度にしよっと!

 

もうおなかいっぱい。

 

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